相模原どうぶつ医療センターBlog

60名が働く動物病院で「外部メンター制度」 を導入。その理由とメリットは?

相模原どうぶつ医療センターでは月に一度、公認心理師資格を持つ外部メンターを招き、獣医師や動物看護師らに面談の機会を提供しています。この取り組みを始めた経緯や期待される効果について、椿直哉センター長(画像右)と外部メンターを務める島田友和さん(同左)に聞きました。

椿直哉センター長(獣医師)

神奈川生まれの東京育ち。2004年北里大学獣医学科卒業。一般開業動物病院勤務医、日本動物高度医療センター総合診療科勤務医、東京農工大研修医等を経て、2010年より現職。趣味は「猫と遊ぶこと」。MBA経営学修士。

島田友和さん(公認心理師)

グロービス経営大学院経営研究科経営専攻修了。総合心理教育研究所学術客員研究員。株式会社リヴァにうつからの社会復帰をサポートする支援員として勤務する一方で、数多くの企業で社内コミュニケーションに関するアドバイザーを務め、人材育成のための体感型ライブ「ワ☆ノベーション」(研修・講演)や1on1を提供。MBA経営学修士、社会保険労務士有資格者、社会福祉士。

「命と向き合う毎日」の中で消耗するスタッフの心

—— 相模原どうぶつ医療センター(以下、医療センター)で外部メンター制度を導入した背景に ついて聞かせてください。

椿 動物病院は基本的に“命と向き合う現場”ですから、そこで働くスタッフには相当なストレスがかかります。どれだけ力を尽くしても、患者であるワンちゃんたちが亡くなってしまうこともあるわけで。そんな時、飼い主さまと一緒に涙を流す獣医師や動物看護師も少なくないんです。

—— 担当した動物たちが最期を迎える時はつらいんでしょうね。

椿 容体が厳しくなってくると「ここで諦めたら医療者として負けなんじゃないか」という重圧や「これ以上の無理をしてこの子を苦しませたくない」という気持ち、「飼い主さまのために救ってさしあげたい」という責任感など、様々な思いが押し寄せてきます。残念ながら亡くなってしまった時は、涙にくれる飼い主さまのそばで「何と声をかけたらいいのか」と悩む一方で、「本当に最善の治療を提供できたのか」と自問したり...そういうことを日々繰り返しながら働くというのは、正直なかなかしんどいですよ。

—— 「24時間体制」の医療センターならではの苦労もありますか?

椿 夜間救急を担当するスタッフなどは、運び込まれて出会ったばかりの動物の命を左右する決断を迫られることもあります。来院された飼い主さまは「医療センターに行けばなんとかなるはずだ」と期待してくださっている方が多い分、思うような結果をもたらせなかった場合には、私たちとしても精神的に消耗します。

—— プロとはいえ、心が疲れてしまう。

椿 人によっては、仕事として動物医療に携わることが難しくなってしまいますね。実際に転職をして、生死に関わるような現場から離れる人もいますから。医療や介護の業界には「デスカンファレンス」というものがあります。これはスタッフ同士で亡くなってしまった患者さんや、提供したケアについて話し合うもの。ケアの質の向上を図る機会でもありますが、抱えた思いをシェアすることでスタッフが気持ちを整理したり、少しラクになれることもあるでしょう。これに近い効果の得られる取り組みを導入できないかと思案していた時に、島田さんに出会ったんです。

研修で相互理解を促し、面談で心の声を聴く

—— お二人は大学院の同窓だそうですね?

椿 グロービス経営大学院のサークルに「メンタルヘルス研究会」というのがあって、その勉強会に参加した時、同じテーブルに島田さんがいたんです。最初は不思議な人だなって思っていたんですよ、何の仕事をしているかもよく分からなかったし(笑)。でも話を聞いてみると「職場の環境を良くするための活動をしている」ということだったので、協力してもらえないかと持ちかけたら「ぜひ」と引き受けてくださって。

—— 島田さんがいまのお仕事を始めた経緯をお聞かせください。

島田 私はかつて介護施設を運営する企業に創業メンバーとして関わり、たくさんの老人ホームの立ち上げとマネジメントを手がけました。その時に直面した最大の課題は「人手不足」です。多くの人を採用しても、大半が短期間で辞めていく。仕方なく残ったスタッフだけで頑張ろうとすると、さらにストレスがかかって、心を病む人も出てくるという悪循環で。

—— 辞めていったのはなぜですか?

島田 原因はたいてい「人間関係」でした。話を聞いてみると、同じ職場で働く者同士で、とにかく互いを批判しあっている。そんな状況を何とか改善できないかと考えながら、社会保険労務士の資格を取得したり、大学院で経営を学んだりしました。現在はうつなどを患った方の復職・再就職を支援する会社で支援職を務める一方で、働く人同士の関係性を良くする「ワ☆ノベーション」という独自の手法を構築し、様々な業界の中小企業から大企業にまで提供しています。

—— 「ワ☆ノベーション」とはどういうものですか?

島田 簡単にいえば、職場内の人間関係を良くするコンテンツですね。研修や講演、それに「1on1」という個別面談も行います。いずれも、組織で良好な人間関係を築くために欠かせない「相互理解」を促していくものです。まず自分のこと(好き嫌い/長所・短所/どんなときにポジティブ、ネガティブな感情になるのか等)を理解し、自分自身と上手に付き合う。同じように相手のことも理解していく。そうしてお互いのことを理解できれば、仮面をかぶる必要がなくなり、自分のことを大きく見せたり、隠したりしなくなって、互いに自分らしくいられるようになる。この相互理解が広がると、組織内のコミュニケーションが改善されていくんです。

—— 企業として期待できるメリットは?

島田 以前、Google社が「心理的安全性」の重要性について発表して注目されましたが、互いの想いを素直に伝えられる環境が整うと、組織の生産性が上がり、成果が出やすくなるそうです。日本でもいまいろんな企業が心理的安全性に注目し、実現を目指していますね。

—— 相模原どうぶつ医療センターについてはどう取り組もうと考えましたか?

島田 もともとマネージャー層の方々同士の関係は良好だったので、若手の皆さんも自分の思いをより素直に表現できる、風通しのよい組織になればいいなと考えました。そこで「他者の視点から見て、受け入れやすい伝え方とは?」といったことをテーマとする研修を、年に4回のペースで実施することにしたんです。

ワ☆ノベーションの講演をする島田さん

—— 一方で個別の面談「1on1」も行っているんですよね。

島田 1on1で私が行うのは「傾聴」と「コーチング」ですね。まずはスタッフさんの話を、ひたすら聴きます。判断・分析・評価することなく、すべて無条件で受け入れるんです。その後、私からいくつかの質問を投げかけ、心の中を探索して“内なる声”に耳を傾けてもらいます。そしてご自身でも意識していなかった、抑圧していたものを吐き出してもらう。これによって、悩みごとや自分自身と向き合うきっかけを掴まれたりする人もいます。

—— 医療センターのスタッフの面談ではどんな話が出るんですか?

島田 本当に人それぞれ、十人十色です。先ほど椿さんが話された、医療現場特有の精神的なストレスはもちろん、人間関係のこと、キャリアのこと、プライベートのこと...。若手の方は「キャリアをどうデザインしていくか」「将来の目標設定をどうするか」みたいな話が多く、マネージャー層は「部下をどう指導するか」といった話が多いですかね。30代だと結婚やパートナーとの関係など、プライベートに関する話題が多かったりします。

—— 日々の仕事のことも話題に上りますか?

島田 そうですね、若手の方だと「スキルを高めてワンちゃんやネコちゃん、飼い主さまにもっと貢献したい」「喜んでもらいたい」「感謝されたい」という欲求が強いようですね。私としては「そのためにできることは?」といった問いかけをすることで、具体的なアクションプランに繋げることを促していきます。ご自身が思い描く「あるべき姿」と現状とのギャップに苦しんでいるような場合は、改めて目標を整理して「少しづつギャップを埋めていきましょうね」と。できるだけカジュアルな雰囲気で話せるよう、毎回お菓子を用意していたりします(笑)。

—— 面談の前後ではどんな変化が見られますか?

島田 一番違うのは、表情ですね。最初は警戒心もあって「特に相談したいことはない」という人もいます。でも話しているうちに関係性ができてきて「何を言っても無条件で受け入れてくれる」「ここは安心できる場だ」と理解してくれると、いろいろ吐き出してくれる。だから最後には、スッキリした顔をされている方が多いですよ。

—— 島田さんがあれこれアドバイスするわけではないんですね。

島田 ええ、大切なのは心の中の本音や“モヤモヤ”を言葉にし、ご自身で整理して、対処法を見出すことですから。私の役割はそれを聴いたり、質問したりして、お手伝いすることです。

取り戻した元気と笑顔を動物たちのために

椿 僕も若手の頃に、職場の人事制度の仕組みの中で先輩との1on1を受けたことがあるんです。でも一緒に働いている相手だからこそ言いにくいこともあるし、ウマが合わない先輩だったりすると、なおさら話せない。その点、外部メンターである島田さんなら利害関係がありませんから、むしろ心を開いて話せるように思います。どうしても自己開示が得意でないタイプの人もいますけど。実際に島田さんの面談を受けた人に感想を聞くと、好評ですよ。「面白い」という人もいるし、「ラクになれました」という人もいます。

島田 医療センターで働いている獣医師や動物看護師の皆さんは、基本的に自分で選んだ仕事に就いているわけで、総じて仕事へのモチベーションは高いですよね。そもそも「動物が大好き」で「飼い主さまに喜んでいただきたい」と思っている人ばかり。ただ、24時間体制のシフト制ということがあり、プライベートとの兼ね合いで悩んでる人もいるようです。

椿 それはそうですよね。まとまった休みを取ったり、計画を立てたりすることが難しいでしょうし、その中でみんなすごく頑張ってくれているなと感謝もしています。飼い主さまや動物たちのことを考えれば24時間体制は維持したいですが、一方でスタッフの健康や幸せを守ることも同時に考えなくてはなりません。

島田 ある日は「早番」である日は「夜勤」...という働き方だと生活リズムが整いにくいので、しんどいんですよね。その分、休めるときはしっかり休んで、オンとオフのメリハリがつけられるといいですね。

椿 医療センターではいま「10連休制度」や「毎月有給取得促進」といった福利厚生施策の導入に加えて、従来は診療終了後の夜に参加できるメンバーで行っていたミーティングを日中に行えるよう、新たに設けた毎月 1 回の午後休診日に変更するなど、いろいろな工夫をしているところです。こうした点は今後も考えていかないといけない課題だと思います。

島田 どこの職場でも大切なのは「働きがい」と「働きやすさ」だといわれますが、医療センターの皆さんは働きがいについてはしっかりと感じられていると思いますから、コミュニケーションも含めた働きやすさの向上こそ重要だと思いますし、私もより一層お力になれればと考えています。

椿 島田さんに関わっていただいたことで得られたメリットの一つは、医療センター全体でコミュニケーション上の問題への対処法を共有できるようになってきたことです。いろんな用語や考え方について教わったことで、何か問題が起きても「相互理解が足りていないよね」「もう少しアサーティブ(※1)に話してみたら?」「アイメッセージ(※2)で伝えてみようよ」と改善方法が見出しやすくなりました。また、これまでは何か問題が起きると、どうしても悪者を探したり、どちらか一方ばかりを非難したりしがちでした。それがいまでは「お互いに意見があるって良いことだね」「もう少しコミュニケーションをとってみようか」と、より建設的な話し合いができるようになりつつあります。

※1 自分の気持ちや意見を、相手の気持ちも尊重しながら、対等に表現すること。
※2 相手が依頼を受け入れやすくなるよう、「私(アイ)」を主語にしてメッセージを伝えること。

—— 島田さんは今後、医療センターとどう関わろうとお考えですか?

島田 理想は、スタッフの皆さんが安心して仕事に向き合えて、動物たちによりよい医療を提供し、飼い主さまにご満足いただき、経営的にも上手くいくこと。この正の循環、みんながハッピーになれる輪をつくるべく、様々な形で貢献していきたいですね。

椿 医療センターにはまだ島田さんを知らないスタッフもいますから、まずは全員に島田さんからコミュニケーションの基本を学んでもらい、1on1で自分を開示することで心が楽になっていくということを体験してもらいたいですね。そうして毎日の仕事の中でやりがいを感じながら、各自に合ったワークライフバランスを実現してほしい。僕はそのことで生まれた元気や笑顔を、動物たちや飼い主さまに還元できる環境を整えていきたいと思っています。

—— なるほど、ありがとうございました。

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